一本歯の高下駄を求めた

 

■ 一本歯の下駄を履いてみた初日の感想 ■

一本歯の高下駄を買った。天狗が履いているようなやつだ。

 

実は、一年ほど前までは2本歯の普通の高下駄を履いていたのだが、この一年間は高下駄は履いていない。その代わり、地下足袋を履いているときもあった。

 

昨年、台湾とフィリピンを旅行したときも、地下足袋だった。

地下足袋は、慣れないと硬い地面に対して痛かったりするのだが、痛くならないような歩き方を習得することも可能だ。膝とか腰の使い方によっては。

地面と繋がっている感覚というのは、いいものだ。山を歩くも良い。

 

ここしばらく、スニーカーで歩く日々が続いていて、暖かくなってきたし、靴にちょっと嫌気がさしたということも動機としてはあった。さて、本日一本歯の高下駄を買って早速歩いてみた。

 

一本歯で歩くということに対してどういうイメージがあるだろうか。おそらく、坊さんとか、あるいは風変わりな観光客などが一本歯であるいている様子を見ると、とても危なそう、大変そうに見えることだろう。私もそう思っていた。

 

結論としては、とても楽しい。下手な歩き方をすると、とても違和感がある。なにか、うまく歩けていないような気がする。

 

うまく歩けていないような気がする、というのは大切なことで、逆に言うと「下駄が歩き方を教えてくれる」のである。これは、着物とかでもそうだが、「様式が文化を教えてくれる」という現象はしばしば起きる。

 

■ 全ての身体操法は呼吸法に通ずる ■

 

例えば、呼吸法、に興味のある人は多いのではないかと思う。リラックスするためにも深い呼吸は大切だと言われるし、瞑想とか禅とかヨガとかでも、これでもかと言うほどに呼吸は重要視されているだろう。

 

しかし、呼吸の仕方を本で読んで勉強してみたところで、本自体に書いてある情報は大変限定的なのである。

 

日本人の呼吸は、西洋で言われるそれとは大きく趣の異なるものであるということが言われる。

 

もちろん、今のわれわれは、昔の(江戸時代とか)の人々が自然におこなっていた身体文化も、ある程度までは失ってしまっているので、それを取り戻すためには、(昔はあまりにも自然で名前さえつけられなかったような)概念に名前をつけ、意図的に取り戻す努力をしなければならないであろう。

 

そういう意味で画期的だったのが、中村明一氏による

「密息」で身体が変わる

という本であった。

 

私がこの本に出会ったのは、7年ほど前、高校生のころだった。
いわゆる日本人の呼吸は、西洋で言うところの「腹式呼吸」でも「胸式呼吸」でもないというのである。

 

詳しくは本を参照していただければ良いと思うが、密息というのは、

 お腹は、息を吸うときも履くときも膨らませておく

という呼吸のやり方だ。(とてもざっくりいうと)

 

このやり方に親しむには、普段無意識下で運動している横隔膜といったインナーマッスルも存分に使わなければならないため、ある程度のなれは必要であると思う。

 

まあ、本でそういうやり方があるらしい、ということはわかるのだ。

しかし、本を読んでもどうしていいかやっぱりわからない。

というのはおそらくは仕方がないことであって、本に情報として書いてあることはどうしても限定されてしまう。

 

骨盤を倒せ、とか言われても、これでいいのか?はわからないのである。

 

■ というわけで一本歯の下駄に戻ると ■

 

一本歯の下駄に戻ると、

「なんかうまく歩けている気がする」

と思えるときには、自然に姿勢も整ったものとなっている。

すなわち、

・腹圧は保ったまま歩む

・前に進むのは、足が動くからではない。肚が前に進む結果として足が動くのである

・力を抜いて、骨盤をトン、と重心を落とす

・膝も、少し力を抜いて曲げておく

というような姿勢が、最もしっくり来るのである。

(まあこれも、言葉で書いてもどういう状態化はよくわからないと思いますが。。)

不思議なことに、能におけるハコビとも近い歩き方であるような気もする。

 

どういう姿勢がいいかというのは、人それぞれの骨格とか、その日の気分でも微妙に変わることです。

 

まとめると、

不安定な状態だからこそ、それに最もしっくりくる姿勢に自ずから成る

という、素晴らしい履物でした。

 

内股、外股も矯正されるかもしれません。一本歯の下駄で歩いていて、自分は外股の歩き方になっていたんだな〜とよくわかりました。

 

山岡鉄舟公は、

大阪から江戸まで走ったにもかかわらず、下駄を見てみると1mmもすり減っていなかった

らしいです。そんな境地を目指しながら下駄ライフを楽しみたいと思います。

 

一歩あるくことは、

一歩地球と接することである。

一歩あるくことは、

一歩身体の力が抜けることでありたい。

 

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